2ntブログ

無問題

息子がテレビで所ジョージを見ると「人殺し」と叫んで家を飛び出してしまうのはいつものことなので気に留めなかったのだが、その日は額にAからZまでのローマ字の刺青を彫って帰ってきたのでさすがに不審に思い医者に診せると「無問題(モウマンタイ)」と口の動きで伝えながらカワイの肝油ドロップを二粒握らされただけで帰された。帰りしな、息子がまた「人殺し」と叫んでどこかに走り去ってしまった。息子が指差した辺りを見るとコオロギがいて、眼が、若い頃の所がしばしばかけていた黒眼鏡に似ていて取り違えたのだろうかと思うとおかしさがこみ上げてきて、医者の言うとおり本当に無問題なのかもしれないという気持ちになった。

🦄

私の人生に唯一意味を与えてくれる彼女との生活を支えるという目的以外には何の意味も感じられない労働を終え、家に帰ると、彼女はその角で私の心臓を貫いた。そうして私は死んでしまったのだが、なぜ彼女がそんなことをしたのかを問いただしたいとは思わない。そうしたいと思うのは、もっぱら私の側の都合であって、彼女の幸せとは何ら関係のないことだからだ。

古畑任三郎ゼロ

葉っぱ隊

葉っぱ一枚あれば良い、そうした安易な発想がときに人生を台無しにしてしまうということを理解するには当時の私は若すぎた。ほとんどそれが唯一の真実であるかのように振る舞い、明るい未来を信じてやまなかった。だが、いま振り返ってみれば本当はそれで良かったのかもしれないし、悔やんだところで今さらどうにかなるものでもない。



目撃者

「わたし、見たんだから」
柴田理恵の証言が決め手となり、男には死刑が言い渡された。冤罪が明らかになったのは刑の執行から三週間後のことだった。



本仕込み

朝はパン、その頃の自分がどうしてそこまでパンに固執していたのか、今の由樹には全く思い出せなかった。その頑迷さのせいで何度も人と衝突し、離れて行った友人もいた。パンパパン、何気なく口にしてみると、そうした苦い記憶が呼び起こされ、強い後悔に襲われた。

由樹はトーストを頬張った。トーストは、自分の気持ちとは関係なくいつも美味しかった。



友達の彼

ゆきちゃんのカレシはちょっとヘン。携帯はいまだにガラケーで、しかも通話機能しか使わない。服は一年中白シャツで、必ず第一ボタンまで留めている。お風呂に入るときは石けんもシャンプーも使わないらしい(もともと肌を守っている油まで失われてしまうとか)。でも、ゆきちゃんはとても幸せそうで、ホントはめちゃめちゃ羨ましい。





「いつかテレビでやってたみたいにヒッチハイクで北米を横断しよう」 彼は冗談混じりに話していたけれど、私は本気だった。彼とならどんなことでも出来るような気がしていた。 今、私は西船橋にひとりで住んでいて、ジャングルジムの一番上から下にいる小学生におしっこをかけることだけが楽しみだ。



ヘチマ

女は働いている幼稚園で最もよく育ったヘチマをもぎとると、たまたま近くにいた園児の頭めがけて思い切り振りおろした。ヘチマは粉々に砕け散った。
女は自分で自分の人生棒に振ってしまった。そうなることは分かっていたのに、どうすることもできなかった。



高橋英樹氏への反論

正解は越後製菓ではない。



読み聞かせ

おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。ふたりは独立した関係を保ち、互いに依存することがなかったので、子を成さずとも、おじいさん、おばあさんと呼ばれる歳まで共に暮らし続けることが出来たのだ、それこそが夫婦円満の秘訣なのだ、とおじいさんは信じていましたが、おばあさんの方はもう随分前から全部がどうでもよくなっていて(もうおばあさんだし)、かと言って積極的に死にたいと思えるほどの気力も持ち合わせておらず、毎日、このまま目が覚めなくても全然良いんですけどね、と思いつつ床に就き、ほのかな絶望と共に目を覚ましていました。良好な人間関係というものの多くは、実のところ、こうした幸福な誤解に基づいているのではないでしょうか。

そう締めくくって母は私を寝かしつけた。それがいつのことだったかは覚えていないが、その昔話が母の創作であったことは間違いない。娘の私から見てもきわめて仲むつまじい夫婦と思われた父と母であったが、当人たちにしか分からない軋轢があったのだろうか。あるいは物語の内容と、その語り手の内面を混同すべきではないのだろうか。いずれにせよ、夫婦であれ親子であれ、他人のことを理解するなんて到底できっこないのだ。

そんなことを考えているうちに電車はテレコムセンター駅に到着した。女は東京お台場大江戸温泉物語に入場し、都心にいることを忘れさせてくれるダイナミックな温泉に癒され、「江戸寿司」でお得な盛り合わせメニューを堪能した。

みなさんも一度訪れてみてはいかがかな?


ログ

マルシア さんが退出しました。



三谷から送られてきたメールに書かれていたのは9つのほとんど意味をなさない文章の塊だった。これのどこが古畑任三郎の前日譚の概要なのだろうか。彼の才能はすっかり枯渇してしまったらしい。事実、その後本人に会ったときも、寄り目でゆっくり舌を出しながら「ごぼうって棒?」と聞いてくるばかりだった。彼のような素晴らしい才能を失ったことは、日本にとって大きな損失だ。

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