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岸本Kの恋

 柔道部が全員狙っている女、綾野佳澄。彼女をコンピュータ部だけど狙っていたのが僕、岸本Kってわけだ。
 確かに、肉弾戦となれば勝負にはなるまい。柔道部と言うのは何をするかわかったものではない。一度、「岸本K 対 柔道部員総勢50名」の勝負をコンピュータ部が誇る精巧なシミュレーションシステムにかけてみたことがある。これは、20年前の先輩からうなぎのタレのようにつぎ足しつぎ足しで色々な機能を追加してきた超高性能システムであり、メモ帳のアップデート履歴は6mを超えている。堂々のシェアウェアである。
 それにより、僕が自動車にたてこもった場合、約20分で自分から出てきてしまい主将に巴投げをされて草むらに5m飛んでいくことがわかった。僕が画面の外に飛んでいくのを見届けると、一緒に見ていた顧問の先生が「よし帰れ」と言うので僕は泣いた。
「最後にこれだけ」
「本当に最後だぞ」
 意を決して柔道部の主将の必殺技、巴投げの威力を単品でシミュレートしてみたところ、巨大カボチャが10m飛んでお化けトンネルの中に消えていった。僕は我が身悲しさに涙をこぼした。

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 お話の途中に筆者が3年ぐらい前から熱心に追いかけていたAV女優の写真が入り込んでしまいましたね……。
 しかしその絶望と同時に、どういうわけか僕のチンチンは例の鉱物の結晶のような形をしたおかきのように硬くなり、どうにも止まらない恋の衝動を知らせていた。
「巴投げがなんだっていうんだ。巴投げが怖くて、恋ができるかよ! 同い年のスポーツマンどもめ、許さん!」
 僕は学校を半年休んで、自宅でシミュレーションシステムをより高精度なものへと際限なくアップグレードしていった。学校を休んでるし、あと若いからという理由だけで出来ることではないと自負している。一度、暇つぶしに将棋のルールをインプットしてみたところ、羽生善治のスクリーンセーバーが自動生成され、三日後に自ら削除された。よくわからないが、自分がとんでもないものを創り出していることがわかった。そして半年後、全てのシミュレーションが終わった。
 ヒゲぼうぼうで半年ぶりに登校した僕は、職員室にも顔を出さぬまま、綾野さんに自分の思いを伝えようと彼女の下駄箱に手紙を入れて体育館裏に呼び出した。自分でも、こんな大胆なことが出来るなんて本当に驚いた。6ヶ月と口で言うのは9ヶ月と言うよりも少しだけ簡単だが、人間が一変するには充分な時間であると言えよう。
 寒空の下、コンピューターがきっかり7秒の計算によってはじき出した一番かっこいいと思われるポーズ、壁ぎりぎりの立ち膝で待っていると、やって来たのは柔道部だった。
 鍛えに鍛えた腕と腕。足、足、足などがまず目に入った。その前に柔道着が目に入った。こいつらが全員、綾野佳澄を狙っている柔道部だ! 数が少ないと思ったら、半年休んだせいで3年が引退しているらしく、巴投げをする主将もいないようだ。これはシミュレーションになかった。
「まず、彼女の靴の中敷を返しな!」
 柔道部が全員で叫んだ。僕はなぜか勝てるような気がしていた。あとイライラしていた。高らかに怒声を返した。
「中敷は僕の膝の下だ! そんなに欲しけりゃ得意技の力ずくで取り返してみろこのバカ!」
「岸本、お前、留年してるぜ!」同級生の半田が言った。
「好きな女が上級生になる! 興奮する! 来い!」
 僕は自信満々に言い放った。とはいえ、柔道部たちの飛びかかりの速度は予想を超えている。毎日やっているという感じがした。猿の動きが毎日すばやいのと同じように、毎日やってるからこんなにすばやくなる。猿のように毎日をすばやく過ごせるようになる。
 でも、それを言うなら僕もコンピューターを猿のように毎日やっていた。シミュレーションに寸分の狂いなし。全・柔道部の全・手は毎日の競技習慣(=柔道バカ)によって、立ち膝状態の僕の頭上、髪の毛をわずかにかすめて空を切った。
 そして柔道部は一匹残らず、壁に指をぶつけて突き指した。背後の白い壁はあっという間に肌色の指紋だらけとなり、ところどころ、僕の髪の毛が埋め込まれた。
 そして、スーパーコンピューターによる、一人ぐらい必ず間違った知識を言う奴がいるという計算結果に基づき、柔道部の一人が「突き指のときは指を伸ばすといいぜ!」と痛めた指を伸ばしながら呻き、全員あちらこちらで指を伸ばし始め、やがて全員ゆっくりと仰向けに気絶した。
 僕はその光景を見下ろし、
「計算通りとはいえシュールはシュールだな……」
と顎のあたりの汗を手首でぬぐいながらため息をつき、仕上げに深く口呼吸した(蓄膿症)。すると甘い芳香が喉の奥から微かに、鼻の中の鼻スレスレの部分へ侵入してきた。
 わずかな匂いを頼りに、漠然とフローラルシャンプーの香りだろうか……? 脳味噌が発酵するが速いか、ご先祖・野獣の本能が僕を鼻から振り向かせていた。そしてやや遅れてきた僕の目に、制服姿の綾野佳澄の姿が目に入った。
 と同時に、何か衝撃的な丸みに僕の目玉を突き刺された。制服の下、下腹部に浮き上がった不自然な丸み。

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 すいませんまたですね…。また僕の追いかけていた女優が……。
「う、うわーーーーーーーー!!!」
 僕の大好きだった彼女は妊娠していた。
「ロック部の山口君と……」
と彼女が言いかけたせいなのかはわからないが、カセットテープを再生するような音とともに、僕の目からどす黒い濁った血液が、『最終絶叫計画』のように勢いよく噴き出した。必然的に、僕は「出すことの良さ」のようなものを目元に感じながら失明した。
「ぎゃああああああああああ!!!」
 目の幅から弱いジャグジーほどの威力で噴き出る血液を左手首で受け止めながら、僕は慌ててバックポケットから細長いパソコンを取り出す。慣れた手順でシミュレーションソフトを起動させ、脳裏に赤くひらめいた謎の文字「妊娠10ヶ月 臨月ハメ撮り」をタイプしてエンターキーをはじきつつ、胸ポケットから1m延長コード(アナログ)を取り出した。
 卑猥な形でキラリと輝いているに違いない一方の端子をパソコンに、もう一方を右耳に、こちらは肉の手応えを感じるほど強く差し込んだ。
 ブツッとくぐもった音がして、外部の情報を極力遮断され、クリーンな感覚受容体となった僕。フローラルシャンプーの香りも今はどこか生気の感じられない鉱物じみた血の臭いにかき消されていた。
「機械の体で見えた。見えてきたぞ」
 かつてない計算処理速度で動いているはずのコンピューターの画面(というか僕の頭の中)には、!や?、$マークやハートマーク、意味わかってないギリシャ文字などお馴染みの面々が次々と登場し、時々チーンジャラジャラジャラという愉快な音がするばかり。自分の口がへの字になったことがどこからともなくわかった。
「お前が目をそらすから……」
 そんな声をマイクとスピーカーから双方に聞かせ合っている。
 やがてキーボードの「半角/全角」のあたりから暖かな煙が上がり始めるのを顔全体で感じ、どこからともなくWindowsが終了する音が流れた。そろそろだと脳が悲しく収縮する。
 同時に次の画面がギリギリセーフで脳に送り込まれてすぐ消えて、僕は体育館裏、取り返しの付かない恥の片隅で絶望して死んだ。

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