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♯198 新幹線

 青空に、いかにも夏休みらしい入道雲が立ち上っている。
 ダム…
 誰もいないはずの校舎の静寂にバスケットボールの音が響いた。
「あら…?」
 キャップをかぶり大きなリングのピアスをつけ、Tシャツにショートパンツとラフな格好の赤木晴子は、その音を聞きつけて、友人の藤井とともに体育館へ向かった。
 ガンッ
「おっと……」
 体育館では、アロハシャツを着た水戸洋平が一人シュートをうっていた。
「難しいもんだな…さっぱり入んねーや」
 リングを見上げ、控えめなリーゼントに整えられた頭をかく水戸。
「あ――っびっくりした!! 洋平君!!」
 体育館の重い扉から晴子が声をかけた。会うのは桜木花道の合宿以来だ。
「みんなはIH(インターハイ)に行ったハズなのに音がするから…」
「よ――っハルコちゃん。Tシャツを部室に忘れちゃってさ、泊まったとき」
 気さくに答えながら、水戸は手に持ったTシャツを晴子に示した。
「スゲ――響くんだな、この音」
 水戸は素朴に感心して、バスケットボールを一度ついた。
 ダム…
「ほんと」
 がらんとした体育館の天井は見上げるほどに高く、ここぞとばかりに音を反響させる。
「主がいないと静かだよね体育館て……」
 普段ならば、湘北バスケットボール部員たちが、怒号を飛び交わせ熱のこもった練習を行っているこの体育館。しかし、その喧噪や熱気が嘘のように静まりかえった今、晴子や水戸にはいかにも所在なく感じられた。
「ありがとう……」
 晴子が言った。
「あたしが言うのは変だけど…でもそういう気持ちなの。みんなが合宿につきあってくれたから桜木君、2万本もうてたと思うから」
「はは……バスケ経験者の目から見てどう? あいつは。順調に成長してる?」
 晴子はおもむろにキャップをとった。
「すごいよ!! 今回も見る見るうちに安西先生の教えたことを吸収していっちゃったもの。普通の人は各駅停車だけど――」
 晴子は、余裕綽々の高笑いを上げながら猛スピードで成長していく桜木花道を思い浮かべた。
「桜木君は新幹線って感じ。うらやましい」
 うらやましい。その言葉が水戸の心にひっかかった。晴子はそれを察して、水戸から目線を外し、少しさびしそうに語り始めた。
「男子のワンハンドシュートってかっこいいでしょう? 私も中学のときどーしてもやってみたくて特訓したの。お兄ちゃんに習って」
「ああ、両手だもんね、女子って。フツウ」
 水戸はぎこちなく、両手でシュートする格好をして見せた。
「そう…相当練習積んだのよ。引退するまでずっと」
 晴子の脳裏に、兄から指導を受けたあの日々がよみがえる。
「昼休みにやってたよね」
 その姿をずっと見てきた藤井がなつかしそうに言った。
「うん」
 晴子は再びキャップをかぶり、水戸からボールを受けると、フリースローラインの内側でボールを構えた。
 シュッ
 あの頃練習したことを一つ一つ思い出すようにゆっくりとワンハンドシュートを放つ。
 しかし、放物線を描いたボールはリングには届かず、手前でスウ…と落下した。
 ダム…
 口をへの字に曲げた晴子は、ゴールの下でむなしくバウンドするボールを恨めしそうに見つめた。
「3年間練習してこれよ…」
「まーまー」
 私なんか…ふるふると悔しさの自虐にひたる晴子を、水戸は慰めた。かける言葉もないとはこのことだ。
「桜木君は1週間で…ううん、1日で私なんか追いこしちゃった!!」
 明るく声を張った晴子だったが、すぐに、微笑混じりの流し目で水戸を見やった。
「少しだけ……嫉妬も感じるの」
 水戸はその言葉をいったん受け止め、晴子を見据える。
 そして、遠慮がちに人差し指を出した。
「ま――、人には向き不向きってあるからさ。ハルコちゃんはバスケには不向きだったんだよ」
「あ――っ、ヒド――イ」
 いつもの調子で大声を出した晴子は、そっぽを向いてふてくされてしまった。
「わかってるもん、そんなこと!」
「あ…ワルい」
 思わず謝り、水戸はそこで時計を見た。
「あ、オレそろそろいくわ。バイトだ」
 水戸にはこの後バイトがあった。
 Tシャツを肩にかけ、体育館からバイト先へ向かおうと歩きかける水戸。だが、ふいに感慨深そうな表情を浮かべ、ぽつりと言った。
「……しかしあの花道がインターハイ選手か…」
「桜木君にはきっと…バスケはぴったりだったんだよね」
 自分には無かったバスケットボールの才能。だからこそ、晴子はそれを持つ彼らを、心から応援することができた。













































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